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【令和元年度】青少年の主張

北斗市青少年育成大会が令和元年10月12日(土)、総合文化センターかなで~る大ホールで行なわれました。
大会では、「夢を語ろう わたしたちが創る未来の北斗 ~新たな時代に向かって~ 」をテーマに、市内小中学校、高校から選出された10名の青少年が主張しました。北斗市の未来や、これからの北斗市への提言、そして今後の自分の未来、身近な人との心のつながりなどに対する、率直で熱い思いを発表しました。 

  1.近藤 慶音 くん(谷川小学校6年)『音楽の響くまち北斗を永遠に』
  2.唐川 苺子 さん(石別小学校6年)『かけがえのないふるさとのために』
  3.岩澤 拓実 くん(久根別小学校6年)『来てよかったと思われる町づくり』
  4.三浦 雛 さん(萩野小学校6年)『心やすらぐ・ぬくもりの町 北斗市』
  5.藤川 莞太 くん(市渡小学校6年)『想像しよう未来の北斗』
  6.野呂 恋菜 さん(茂辺地中学校2年)『北斗のキャンパスに描く夢』
  7.吉澤 陸空 くん(上磯中学校3年)『私と北斗市の未来予想図』
  8.山田 涼太 くん(大野中学校2年)『北斗市の未来を創る私たち』
  9.佐藤 栄信 くん(北斗高等支援学校2年)『北斗での学び』
10.須藤 太一 くん(上磯高校2年)『北斗市を魅力ある町にするために』

  1.近藤 慶音 くん『音楽の響くまち北斗を永遠に』

 この青少年の主張のお話を頂いた時、僕はいろいろと考えてみました。「僕にとって北斗市はどんな町だろう。そして自慢できることは何だろう。北斗市の未来はどうなるのだろう。」と。
   北斗市と言えば、新函館北斗駅、法亀寺のしだれ桜、ふっくりんこ、ふのり、トラピストバターなどの特産品も有名です。僕は3年生から、ほくと学ジュニア検定を受けていますが、セメント工場を最初に始めた種田金十郎さん、戸切地川上流から水を引き用水路を作った熊谷宇兵衛さんなど、たくさんの人々の協力があって今の北斗市がある事を知り、毎年検定を受けるたびに、この町にはたくさんの魅力があるなと感じていました。
   でも、僕が一番に思いつくのは、やはり吹奏楽のことです。北斗市は「吹奏楽のまち」と言われていることを聞いたことがあります。僕にとって音楽は、癒しであり、いつも元気をくれます。だから、大好きな音楽に少しでも触れていたいと2年生の頃から吹奏楽部に所属し、楽しくコルネットを吹いています。僕にとって北斗市が「吹奏楽のまち」と言われることはとても嬉しく、自慢できることです。特に来年からお世話になる上磯中学校は、全国でも知られる学校なので今から楽しみにしています。これからもずっと「吹奏楽のまち」という事を誇りとして北斗市が盛り上がっていってほしいです。僕もたくさん練習をしてその一員として貢献できるようもっともっと頑張りたいです。
   今回僕は、クラスのみんなに北斗市についてのアンケート調査をしてみました。今後北斗市にできたらいいなぁと思うことで多かったのは、北斗市の自然を生かした大きな公園やいつでも運動のできるアスレチックのような施設が欲しいという意見でした。僕も、北斗市ののどかで自然豊かな特徴を生かし、家族や友達と楽しめるような場所ができるといいなぁと思います。
   そしてもう一つ、僕が気になっているのは「こども食堂」です。一人でごはんを食べている子どもを減らすために、働く親に代わってご飯を用意して食べさせてくれる食堂です。僕はご飯を一人で食べるよりもみんなで食べる方が楽しいです。それにたくさんの人とふれあうことで悩みが解決したり、相手の気持ちを考えられるようになったりする利点もあります。そんな場所がもっと増えるといいです。
   つい最近、防災についてのニュースを見ました。地域の人々が、災害が起きたり何か困ったときに近所の人と声をかけ合い、助け合うことができるように普段から挨拶を交わし、バーベキューをしたりして、よくコミュニケーションを取り、ご近所付き合いを大切にしているというお話でした。僕は北斗市もこんな人に優しく温かい町になってほしいなと思います。アンケートの中には「地域の人がみんな優しい、親切なところが誇りだ」と書いている友達もいました。これからもみんな一人ひとりが、自分の住む町のことを良くするよう考え行動することが大事だと思います。
   最後に、僕は北斗市が大好きです!

  2.唐川 苺子 さん『かけがえのないふるさとのために』

   「I want a supermarket in Ishibetsu. Because we don’t have a supermarket.」これは、外国語の学習の中で自分の町にあったらいいなあと思うことを私が言った言葉です。他にも「アミューズメントパークやレストラン、コンビニなども欲しい。石別には何もないもん。」とただ欲しい欲しいと言っていました。実際、私の住む石別地区は、過疎化が進み小学生の人数が少なくなっています。昨年は、5年生が私一人だけでした。先生と一対一で授業を受けさみしい思いをしたこともありました。来年は、新1年生も入学してくるかどうかもわかりません。クラスの男子は、「ボールを使った運動では、低学年に怪我をさせてしまいそうなので怖い。全力でボールを蹴ったりするサッカーがしたい。」と言っていました。「あーつまらない。なんで石別には人がいないんだ。」と教室でぶつぶつ文句ばかり言っていたら先生に「そんなに嫌なの?」と聞かれたことがありました。私たちは、本当に嫌なのかな?と考えてみました。すると、なぜかこの石別が嫌だとか他の学校はいいなあと思ったことはありませんでした。こんなに文句を言っていたのに私はここ石別が大好きでした。そこで、私は改めて生まれ育ったこの石別にはどんな魅力があるのかを考えてみました。まず、山や海に囲まれた自然の中で過ごすことができます。サケが上る大当別川。津軽海峡を見渡せる葛登支岬灯台。登下校の時は、地域の方が「おはよう。いってらっしゃい。」「おかえりー気をつけて帰るんだよ。」などと手を振って声をかけてくれます。文化祭や夏休み明けの自由研究発表会にも、来てくれたりします。5年生になるまで私は、地域の人がしてくれることを当たり前のように思っていました。でも、いろいろな人の話を聞いているうちに、実は当たり前のことではないのだと気付き、地域とのつながりについて調べてみることにしました。すると、昔の人たちは、「夕食を多く作ったから。」と言って隣近所に分けたり、お醤油をきらしたりするとお隣さんから借りたりするような付き合いがあったようです。現在はどうでしょう。大都市になるほど、そういった付き合いは減少しているようです。付き合いどころか隣に誰が住んでいるのかもわからない。会ったこともない。また、近所付き合い、近所とのつながりを好まない人が多くなってきている。とのことでした。
   私の家では、畑で多くできた野菜を配ったり、魚を頂いたりしていることが実は当たり前のことではなかったのです。運動会では、保育園・小学生・中学生、地域のおじいちゃん、おばあちゃんたち100人ぐらいで茂別音頭を踊ります。茂別音頭とは、茂辺地村と石別村が合併し、茂別村になって、110年になるのを機に作られた歴史のある踊りです。全校児童12名と地域は、家族のようです。私たちは、ふるさとの自然や温かい人情に支えられていたことを知り改めてこの地に生まれ育ったことを誇りに思います。
   今の時代は、インターネットやSNSで簡単に海外の人・世界の人とつながったり交流することができます。そういったつながりは、本当の絆ではないように思います。地域のお祭りや行事、隣近所とのつながりが希薄になっているこの時代に石別で過ごして経験してきた、人と人とのつながりは、とても大切なことだと感じました。スーパーやコンビニのない石別。産業だけが発展ではないと考えます。
   ふるさとのすばらしさを受け継ぎ今の石別を残していけるよう私たちがふるさとの良さを積極的に伝えていくことが大切だと思っています。今日この場で石別の良さを話せたことは、第一歩だと思っています。

  3.岩澤 拓実 くん『来てよかったと思われる町づくり』

   北斗市の発展に大きく関わった北海道新幹線。僕たちも6月25日、26日に修学旅行で新幹線に乗りました。青森までわずか1時間ほどで着いてしまうので、「ちょっとはやすぎない?」「え、もう?」などの声が聞こえたほどでした。
   北海道新幹線も今年で開通3年目。
   そこで僕は、今まで以上に北斗市に人を呼び込み、より発展させるために二つの「生かす」を考えました。
   一つ目の「生かす」は、町の特色を「生かす」です。
   北斗市には、ほかの町にはないような素晴らしい特色がたくさんあります。
   その一つが、農業です。北斗市では、農業において野菜づくりが行なわれています。僕も北斗市産の野菜が大好きです。ジャガイモに長ねぎ、トマト、にんじんなど、様々です。僕はこのおいし~い野菜を今よりも多くの人たちに食べてほしいです。
   広い土地を存分に生かし、たくさんのおいしい野菜が収穫できる北斗市の農業ですが、現在後継ぎがいないという問題が起きています。このままでは、この先、北斗市産の野菜が食べられなくなってしまうかもしれません。
   この問題を解決するために、北斗市に訪れた人を対象に北斗市の農業について知ってもらえるようなツアーを開き、そこで農業体験をしてもらいたいです。それをきっかけに「北斗市の農業っていいな。」「この農家を手伝いたい。」「もっとたくさんの人に食べてもらいたい。」と思う人が増えてくれればいいなと思います。もしかすると、たくさんの人が北斗市へ来て、人口が増え、北斗市のおいしい野菜づくりを引き継いでいってくれるかもしれません。
   二つ目の「生かす」は、北斗市の文化を「生かす」です。
   北斗市では吹奏楽がとても盛んで、函館地区は、強豪校が多いです。それは、「みんなうまい」ということです。音楽好きにとっては、毎年ハイレベルな演奏が聴けるので、遠方から来られる方も多いと思います。中でも、日本で五本指に入るような強豪「上磯中学校」を多くの人に知ってもらいたいです。
   そのために、北斗市のホームページに吹奏楽ホームページというものを作り、コンサートの告知や、メディアに紹介したりして、多くの人に知ってもらい、たくさんの人を北斗市に呼び込むようにするといいと思います。
   農業と吹奏楽、二つの「生かす」で、北斗市に人を呼び込むことを考えましたが、呼び込むだけでは意味がありません。どれだけ頑張っても、「北斗市っていいな。」で終わってしまっては悲しいです。
   「北斗市っていいな。」だけではなく、「北斗市に行ってみたいな。」や「北斗市に住みたいな。」と思ってもらえるように頑張り、「北斗市に来てよかった。」と思えるような町づくりをしていきたいです。

  4.三浦 雛 さん『心やすらぐ・ぬくもりの町 北斗市』

   2030年、北斗市はどんな町になっているでしょうか。
   今までの私は、未来の北斗市のことを、「便利で楽しくて観光でにぎわう町」くらいにしか考えていませんでした。そこで、「夢のある町にするには?」をテーマに、クラスの友達や保護者の方にインタビューしてみました。集計結果で、私が最も目を引いたこと。一つ目は、「医療や介護を受けやすい町」。二つ目は、「もっとつながりのある町」です。
   一つ目の「医療や介護を受けやすい町」。私にも、ひいおじいちゃんがいて、北斗市で一人暮らしをしています。私も、時々、元気な顔を見に行ったり、買い物をして届けたりします。私と一緒に話をする時の、ひいおじいちゃんの顔。うれしそうで、話が止まらないこともあります。私は、ひいおじいちゃんだけではなく、ほかのお年寄りの方々の笑顔も見続けていきたいと考えています。私は、これから、お年寄りのみなさんと関わることができるイベントがあれば、積極的に参加していきたいです。友達も誘ってボランティアをし、たくさんのお年寄りの方々に喜んでもらいたいです。来年、入学する大野中学校には、ボランティア部があります。そこで、私は介護施設を訪問してみたいです。一緒にお話をしたり、車椅子を押したりして、自分にできるふれあいを少しずつ続けていきます。そして、北斗市の医療や介護の課題を解決するために、自分の考えをもち、進んで学んでいきます。
   二つ目の「もっとつながりのある町」ですが、私は、「挨拶を交わしたり、気軽に話しかけたりできる町」がいいと考えました。私も、児童会長として、玄関ホールに立ち、挨拶運動をしています。一人ひとりに、明るく、笑顔で、「おはようございます。」全校のみんなが、元気よく一日を始められるように。少しずつ、学校の雰囲気も明るくなってきたと感じます。さらに、登校する時には、地域の方からも、「いってらっしゃい。気をつけてね。」と声をかけられます。少し照れてしまいますが、「気にかけてもらっているな」と、うれしくなります。こんな小さな喜びを、たくさんの人に伝えられるように、私はこれからも挨拶をしていきます。中学校でも、高校でも続けていきます。「一人ぼっちにならない町」「みんなが顔見知り」の町になれるよう、心を込めて、笑顔で明るく。
   私が夢見た、未来の北斗市。それは、「便利さ」ではありませんでした。確かに、ショッピングセンターや動物園は魅力です。でも、「私が住みたい北斗市」は、私が大人になっても、おばあちゃんになっても変わらない、温もりのある町。人や思いがつながり、安心して過ごせる町です。だから私は、取り組みます。「住んでよかった」と感じられる北斗市に近づけたいから。私は関わります。私も、未来を夢見る、北斗市民の一人だから。

  5.藤川 莞太 くん『想像しよう未来の北斗』

   僕が創りたい未来の北斗ってなんだろう。今回のテーマを聞き、僕は北斗市の魅力について考えてみました。
僕の考える北斗市の魅力は、「自然が豊かでおいしい食べ物がたくさんあること」です。そこで未来の北斗市に、自然と食べ物を活用した施設をつくり、その施設からいろいろと情報を発信して全国に誇れる街にしたいと考えました。
   施設内には、もともと生えている木を生かし、アスレチックや山の中を飛んでいる気分を味わえるジップラインをつくると、子どもや大人が楽しめると思います。小さい子をはじめ、様々な年代の人が楽しめる木を使ったからくり屋敷もいいかもしれません。中には、隠し扉を生かした迷路をつくると楽しめると思います。切った木を無駄にしないためにも、木工作体験や植樹体験を行ない、木の大切さを伝え、守っていく活動も進めていきたいです。そして、たくさん遊んだあとは、木を使ったログハウスに泊まってもらい、夜にはキャンプファイヤーやほたるの観察などのイベントを企画すると家族で楽しめると思います。
   僕がそう思うきっかけとなったのは、市渡小学校で行なっている木育学習です。様々な体験を通して、木がどんなものに使われているのかや、木の大切さを知りました。木には二酸化炭素を吸収し、酸素を出す働きがあり、僕たちの生活を支えています。だからこそ施設を通して、大切さを知ってもらうべきだと僕は思います。
   次に食に関しては、僕はまず、北斗市の特産品であるふっくりんこやわかめ、さけなどを生かす方法を考えました。
   まずは知ってもらうきっかけづくりが必要です。そこで僕は、食にふれることが第一歩ではないかと考えました。レストランではスペシャルメニューをつくり、大野で採れたふっくりんこ、上磯のわかめをつかったみそ汁、茂辺地のさけを焼き鮭にし、朝ごはん定食を出してみたいです。おまけには木を使ったコースターをつけてみるのもおもしろいのではないでしょうか。他にもホッキ貝やトマトなど、北斗市の特産品を使った料理も考えてみたいです。
   また、給食でおなじみのふっくりんこムースやタルトを全道、全国へ広めていくための活動も進めていきたいです。北斗市に広めていくことももちろんですが、北海道新幹線の駅弁のデザートとしてつけ加えたり、サービスエリアで販売すると、北斗市以外の人々にも知ってもらえるきっかけになると思います。たくさんの人にふっくりんこのおいしさを広めていきたいです。
   このように、北斗市の未来に向けて夢を語ろうとすると、北斗市のよさがたくさん思い浮かびます。それだけこの街がすてきなところだと改めて実感しました。未来の北斗市は夢と希望であふれています。自然豊かな僕たちの市を守りながら、すてきな市をつくっていくために、僕はこれからも北斗市のことをたくさん学び、北斗市に貢献していきたいと思います。そして将来、ここで話したことを実現したいです。

  6.野呂 恋菜 さん『北斗のキャンパスに描く夢』

   私が現在住んでいるのは、茂辺地という小さな町です。人口が減少し、少子高齢化が進み、さらには過疎化も進んでいると思います。茂辺地だけではなく、ほかの小さな地区の過疎化が進むことで北斗市全体の過疎が進むのではと思うと、不安です。
   そこで私は、北斗市の過疎化を止めるためにも、どんな街づくりをすればいいのか考えてみました。
   まずは、歴史を見つめて大切にする街を目指します。北斗市の中でも茂辺地にはたくさんの歴史があることをご存知でしょうか。茂辺地の山からは、縄文時代後期のものと見られる竪穴住居跡が9軒見つかっています。そのほかにも土器や石鏃(やじり)・スクレイパー・擦石(すりいし)・敲石(こうせき)など生活に必要な石器が約38,000点出土しているのです。これは、茂辺地、つまり北斗市の歴史の始まりを、はるか縄文時代にまで遡ることができるということを示しています。北海道は比較的歴史の新しい土地と言われていますが、北斗市は日本の始まりと同じくらいの歴史の深さを感じることができる街なのです。
   そこで、先ほど説明した歴史を見つめて大切にする街づくりでは、市内の小中学校が、いつでも自分の目で見て学習、交流、発信することはもちろん、修学旅行生が見学、研修できる歴史館のようなものを建設し、一大歴史探求スポットにするのです。歴史に親しみ、また交流する場を作ることで、地元の歴史を小さい頃から知ることができ、またいさりび鉄道を降りたあとの観光名所にもなるのではないでしょうか。
   次に、学生に慕われる街を目指します。これは先ほどの小中学生が学ぶ場にも関わりのあることです。北斗市はかつての上磯町と大野町が合併して生まれた新しい町です。どちらの町も飲食店や商業施設はありますが、隣町函館市と比較してみると、観光施設を含めて少ないです。さらに北斗市は交通機関も充実しているとはいえません。
   私の兄は春から函館の高校に通っていますが、朝早く起き、6時台にある始発に乗って登校しています。帰りも部活を終えて帰ってくると9時近くになることがあります。電車やバスの時間が限られているため、帰ってくる時間に偏りがあるのです。これは自分たちの思う時間で生活することがままなりません。
   では北斗市で学ぶ中学生は卒業後、どの程度市内の高校に進学しているのでしょうか。私の知る限りでも、隣町である函館の公立高校や私立高校への進学がほとんどだと思います。北斗市には私の通う茂辺地中学校よりも大きな上磯中学校や、浜分中学校、大野中学校があります。大きな中学校がたくさんあるのに、その多くが函館に進学している現実を重く受け止めるべきではないでしょうか。高校の数を増やすという解決策ではなく、隣町に進学している学生たちが安心して帰ってこれる街を目指すのです。
   いさりび鉄道の本数が少ないと自由に動ける時間が限られてしまい、とても不便です。いさりび鉄道の本数が増えるだけで人の行き来は豊かになると思います。
   北斗市には人々が集う場がほとんどありません。現代の学生は友達に良い場所を拡散します。それを利用して上磯駅、七重浜駅など大きめの駅のそばに立ち寄れるカフェや静かで落ち着いた雰囲気の場所で自習スペースなどをつくり鉄道と隣り合わせの環境にすると、学生を中心としたにぎやかな空間が生まれるでしょう。
   北斗市と新函館北斗の区間のバスを増やし、函館ライナーを北斗市の人々も利用できるようになるのも良いと思います。北斗市と新函館北斗をつなぎ、通学の手段が増えれば、そこにも学生を中心に人々が集まってきます。
   大切なことは、北斗市が市民を動かし、集う場所や、居心地の良い所を作ることです。
   私たちは街への願いがたくさんあります。ですが、若い人たちや学生が集まるとマナーの悪さや嫌な気持ちにさせる行ないを心配することも考えられます。ですから、私たち学生も、街を大切にする心、北斗市への感謝の心を持つ必要があります。私たちの街への思いが変われば街が変わります。街が変われば私たちの暮らしも変わります。それは一つの“輪”のように私たちと街を結びます。その輪を強く大きくしていくことが北斗市に描く夢です。

  7.吉澤 陸空 くん(上磯中学校3年)『私と北斗市の未来予想図』

   こんにちは。私は上磯中学校生徒会長の吉澤陸空です。自分は、この自然豊かな街、北斗市で生まれ、北斗市で育ち、北斗市で成長し、今、中学校を卒業する年になりました。15年間で家族、近所、小学校、中学校、そして北斗市…自分と関わる世界が、どんどんと広くなっていきました。今、卒業を目の前にして、自分の、北斗市のどのような未来を求めていきたいかを考えてみました。
   北斗市は、平成18年に上磯町と大野町が合併して誕生した、新しくて若い街です。寒すぎず暑すぎず、北海道の中では非常に住みやすい街です。また、広い土地と山、そして海を持っています。特に「農業」では、北海道水田発祥の地として有名です。さらにトマトやキュウリ、なかでも長ネギの作付面積は北海道一です。「漁業」は、ほっき貝やサケ、いわしの煮干し、養殖アワビなどが獲れ、とても幅広いです。「工業」と聞いて、太平洋セメントを思い浮かべる人も多いと思います。ですが、石油備蓄基地や50社を超えた企業が入っている工業団地を持っています。そして「観光」では、トラピスト修道院、清川陣屋の桜トンネル、自然あふれる八郎沼公園、広大なパノラマを楽しめるきじひき高原や上磯ダム公園などがあります。また、最近では他県との交流、二つの「北」と「市」を比べてみるということで、山梨県と「いいじゃん、北杜市。いいべぇ~、北斗市。」という合同移住相談会を行なっています。これらのように、北斗市には様々な産業、施設、取り組みがあり、魅力あふれる街なのです。
   ところで皆さんは、この「北斗」という名前の意味を考えたことがありますか?北斗とは「小さな星がかたまり合って一つの核をなしている」という意味があります。その「北斗」を名前にしたこの街には、「北の空、北の大地に光輝く街。そして個性を失わず、独自の輝きをもつ街づくりをしよう」「上磯町と大野町の二つの星が一つの星である北斗となり、素敵な街を創り上げていこう」という願いが込められています。
   さらに、「人と、未来と、ほくと。」というキャッチフレーズを聞いたことがあるでしょう。これには「地域の資源として一番大切なのは『人』である。『未来』を創るのはモノではなく『人』である」という意味があります。少子高齢化、国際化、情報化、IT、人工知能の発達…どんどん進化し、変化していく現代社会。しかし、そのなかで、変わってはいけないものもあると思うのです。それは、このキャッチフレーズにもある、「人」、そして「人の心」です。
   自分は将来、学校の教員になりたいと思っています。教員になったら、北斗市に戻ってきて、教育に携わりたいです。なぜなら、自分が生まれ育った北斗市が大好きだからです。私は平成27年から実施されている「ほくと学ジュニア検定」で一級を獲得するぐらい大好きです。
   私は、人が育っていくために大切なのは人と人との関わりだと思っています。一緒に喜んだり、怒ったり、悲しんだり、楽しんだり…人の心に共感できる心をもった人こそが、人を育てていく。ロボットやコンピューターでは決してできません。先ほども言いましたが、「人が人を育てる」、つまり「人の心が、人の心を育てる」ということは、変わってはいけないことだと思います。そして、それは人間しかできない、素晴らしいことだと思っています。私は中学3年生、間もなく人生の中で大きな進路選択が迫ってきています。正直、怖いです。希望通りになるかわからないからです。しかし、たとえ何年かかろうと、自分の夢は諦めたくないと思っています。
   北斗市の子どもたちには、たくさんの夢があります。それを、陰ながら…いや、正面から応援し、叶えられるよう導く。自分が思ったように「北斗市に生まれ育って良かった!」と言ってもらえる。未来の子どもたちから、ありがとうと言ってもらえるような生き方をしたいです。私だけでなく、北斗市の未来の子ども達が北斗市のために働けるような、そしてその子、孫と引き継がれるような…、このような北斗市になると、素敵だなと思います。
   恵まれた環境、施設、そして産業を持っている北斗市。北斗市民のみなさん自身が自覚しているでしょうか。また、市外の人たちが、知っているでしょうか。そして、「北斗」という名前に込められた思いを、知っていただけたでしょうか。自分は、これらのような魅力ある北斗市で、人を育てる職業に就き、北斗市に貢献したいです。そして、未来へ受け継がれるようにしたいです。時代が変わっても、変わらない人と人とのつながりや心を大切にして、人を育てていきたいです。北斗市の街の人々とも力を合わせて、北斗市の魅力について、もっと知り、発信し、更に素敵な街を創っていく、このような未来になったらいいなと思います。

  8.山田 涼太 くん『北斗市の未来を創る私たち』

   私たちは今は子どもです。時間がたてば大人になります。その時に、物事に対する自分の考えをしっかりもち、少しでも世のため人のために行動できる人になる。私たちは、未来の北斗市や日本を創っていく身として、このような大人にならなくてはいけません。そのためにも今から私たちの住む北斗市についてもっと考えを深めておくべきなのではないでしょうか。そこで私の北斗市民としての意見を発表したいと思います。
   まず私は、北斗市の魅力について考えました。皆さんは北斗市の魅力といえばどんなことを思い浮かべますか?私は「豊かな自然」だと思います。春には美しく咲く桜、冬にはたくさん降り積もる雪。風光明媚な高原や海岸。これこそが北斗市の魅力です。なぜ、こんなに素晴らしい魅力のある北斗市が観光地としてあまり知られていないのでしょうか。知らなければ、足なんて向きません。そんな状況で道内外から観光客が来てくれることを望むのは難しいことです。
   まずは北斗市を知ってもらうこと。そのために私は、この町の自然を利用した、北斗市でなければ味わうことのできないイベントを考えるべきだと思いました。
   北斗市には、春に、桜を生かした北斗桜回廊というイベントがあります。そこで私は、このイベントをよりたくさんの人に知ってもらうために、桜の見られる4か所でスタンプラリーを行ない、すべて集めると限定グッズをもらえるというキャンペーンを提案します。グッズは、人気者の「ずーしーほっきー」はいかがでしょうか?このキャンペーンがあれば、北斗桜回廊というイベントに話題性が出て、そこから北斗市に興味を持ってもらえるのではないでしょうか。 
   次に、大量に降り積もった雪ときじひき高原の広大な土地を生かした雪まつりを提案します。雪まつりは全国様々な地域で行なわれています。ですから、特産品のお米や野菜を使った温かい料理を提供する、市民はもちろん、見に来てくれた人たちも気軽に参加できるような催しを行なうなど、北斗市だけのオリジナリティを作る。そうすれば、道内外からも北斗市に来てくれる人たちが増えるのではないでしょうか。
   例えば、皆さんが日帰り旅行に行くとします。そんなとき北斗市で、素晴らしい自然を堪能できるイベントがあると知ったら、皆さんならどう思いますか?「ちょっと行ってみようかな?」と思いませんか。そこでその人たちが満足してくれたら、「また来たい」と思い、次は宿泊もしてみよう、と考えてくれるかもしれません。
   残念ながら、北斗市には「宿泊施設が少ない」という課題があります。新函館北斗駅前を中心に徐々にではありますが、大きなホテルの誘致も進んではいるようですが、せっかくなので自然というメリットを活用してみては?ということで、緑豊かなきじひき高原のキャンプ場や、秋には『さけまつり』が行なわれる、茂辺地川付近の湯の沢水辺公園キャンプ場など、美しい自然や、季節によっておいしい食べ物を堪能できるキャンプ場があるということをPRしてはどうでしょうか?同時に、それらのキャンプ場も、特色を失わないようにしながら整備をしていく。公共機関の交通も使いやすくする。そうすると、より利用しやすくなり、その課題も解決することができると思います。
   私はこのように、北斗市の魅力を最大限に生かし、それをPRすることこそが北斗市の未来を輝かしいものにするのではないかと考えました。本校の修学旅行は今年、昨年と東北に行っています。その中で北斗市の魅力を東北の皆さんにも知ってもらおうと、自分たちでリーフレットを作成し、それを道行く人に配布しながら、我が町の良さを伝えるPR活動をしています。
   冒頭でも言ったように、私たちは今は子どもですが、その、子どものうちに考え、体験し、感じたことは、これから大人になっていく私たちの精神的な柱となってくれます。中学生ならではの感性で、私たちは、今自分たちが住む大好きなこの町を、しっかりと外に発信する活動をこれからも続けていきます。 
    中には将来北斗市ではない違う地域で生活する人もいるかもしれません。でも、だからこそ『北斗市の魅力』を改めて認識し、『どこにいようとも北斗市の未来を想う』心を持ち続けていってほしいと願っています。

  9.佐藤 栄信 くん『北斗での学び』

   私は、この北斗市で生まれ育ち、高校進学の際に北斗高等支援学校を受験し、合格することができました。私が本校を志望した理由は、校内のみならず地域で学ばせていただくことで、働く力を身につけて一般就労を目指したいと考えたためです。
   現在、私は福祉サービス科という学科で、主に高齢者の方との関わり方や、老人ホームなどの利用者様に気持ち良くお過ごしいただくための清掃や、ベッドメイキングなどの作業を中心に学んでいます。また、挨拶や身だしなみ、礼儀作法などのビジネスマナーも学んでいます。これらの内容は主に「福祉」という教科で学んでおり、高齢者の方の体の感覚や見え方、聞こえ方を体験する高齢者疑似体験や、利用者様の布団を交換する包布交換、部屋の清掃などの作業を通して、将来働く力を身に付ける学習をしています。
   最初の頃は、何もかもがわからず、うまくいかないことに落ち込んでしまう時期がありました。特に、仲間との報告・連絡・相談がうまくいかず、慌ててしまいパニックになることも多くありました。しかし、経験を積むことで作業にも慣れ、少しずつできることが増えていきました。
   北斗高等支援学校では、将来、地域社会で働く力を身に付けるために、北斗市内の様々な施設などで実習させていただく「デュアル実習」を行なっています。福祉サービス科では、「清華園」「ひまわり」「晴れやか」の3か所の介護施設でお世話になっており、包布交換や施設内の清掃などをさせていただいています。最初の頃は、慣れない作業に苦労し、時間内に仕事を終えられないこともありましたが、徐々に慣れてスムーズにできることが増えていきました。 
   また、福祉に関わる実習だけではなく、一年生の夏には、北斗市トマト、キュウリ共同選別所でトマトやキュウリの選別、箱詰めなどをさせていただきました。ここでは、私が予想していたよりもはるかに忙しく、次々と流れてくるトマトに対応することができませんでした。その結果、慌ててしまいパニックになることが多くなり、手際良く色ごと・サイズごとにトマトを分けながら作業することができませんでした。
   校内での実習と地域で行なうデュアル実習を重ねた私は、実際に企業で働かせていただく職場実習に行くことになりました。職場実習では、先生の引率もなく一人ひとりがそれぞれ違う企業に出向いて実習をします。
   昨年の10月には、函館市にある「有限会社ドリームファクトリー  惣菜工場」でお世話になりました。私は、惣菜の盛り付けや商品を入れるために使う大きな箱を洗う作業をさせていただきました。
   実習先では、挨拶や返事などの第一印象は従業員の方々から高い評価を頂きましたが、作業中にうまくいかないときや時間がないときなどに慌ててしまい、そのことによる不安やイライラで「あー」という声が出てしまうこともありました。自分が思い描くようにうまく作業ができないとき、落ち着いて対応することの難しさを実感しました。
   今年の5月には、函館市内の介護施設「グッドケア・松風」でお世話になりました。昨年の職場実習と違い、期間も長くなり業種も全く異なるものでした。実習先では、利用者様の布団の交換や部屋の清掃、利用者様とのレクリエーションを行ないました。
   布団などのリネンの交換では、学校で習ったやり方とは違うやり方で、覚えるのにとても苦労しました。特に、シーツの角を三角にして内側に折り込む「三角折り」という方法を覚えるのにとても苦労しました。そこで、職員の方へ質問をし、折り方を頭でイメージして覚えることをアドバイス頂き、家でも繰り返し練習することにより、少しずつ覚えることができるようになりました。
   しかし、三角折りが少しずつうまくできるようになるにつれ、作業をいかにスピーディーにこなすかに意識が集中するようになってしまいました。私がそのことに気がついたのは、ある日の学校への報告電話の際、利用者様との関わり方について、先生と話をしているときでした。私は、作業を優先するあまりに、自分の実習目標である「利用者様のことを第一に考えて行動する」ということを忘れてしまっていたのです。技術が身に付いても、「心」の部分が足りていなかったことがよくわかりました。
   私は将来、介護職に就きたいと考えています。理由は、職場実習を通して利用者様第一の考え方の大切さを改めて学ぶ中で、普段学校の福祉実習で学習していることを、ぜひ現場で生かしたいと考えたからです。
   職場実習で「心」の部分が足りていなかった私は、今もまだ相手の方のことを第一に考えることができずにいることがあります。また、自分のことで精いっぱいとなり、時間がないときなどに慌ててしまいパニックになることもまだまだ多いです。
   介護の仕事では利用者様のことを第一に考えた落ち着いた行動が求められます。私は、その力をつけるために、相手の方のことを考えて落ち着いた行動をすることをより一層意識していこうと思います。時には思うようにできない自分とうまく向き合えず、苦しむこともあるでしょう。しかし、そのようなときこそ現実を素直に受け止め行動できる人になりたいです。そのために、これからもこの北斗で学び、周りをよく見て落ち着いて行動し、相手の方のことを考えながら効率と丁寧さを意識して作業する力を身に付けたいと考えています。そして、将来できることならば、私が生まれ育ち多くのことを学んだこの北斗市で、介護職に就きたいと思っています。

10.須藤 太一 くん『北斗市を魅力ある町にするために』

   私の通う上磯高校は、現在各学年1クラスの小さな学校です。一昨年から同じ学校の中に新しく北斗高等支援学校が誕生し、学校祭などの行事は両校が協力して実施しています。
   私は生徒会執行部に所属しており、先日かなで~るで実施されたミュージックフェスタなど、北斗市で実施されるイベントにも、ボランティアスタッフとして参加させていただいています。そんなある日、ボランティアを通じて上磯高校のOBの方と話す機会がありました。その方から、「私のいた時代の上磯高校は、各学年6クラスあり、とてもにぎやかな学校だった」という話を聞いて、「昔はそんなに生徒がいたのか」と衝撃を受けました。
   私は北斗市で生まれ育ちました。北斗市は過ごしやすい町だと思いますが、確かに函館市と比べると人は少ないように感じています。そこで私は、北斗市の人口の推移について調べてみることにしました。
   『北斗市人口ビジョン』によると、北斗市の人口が最も多かったのは2005年の48,056人ですが、2015年は47,044人と、この10年でおよそ1,000人も総人口が減少しています。その内訳は、2005年の年少人口、0歳から14歳までの数は7,565人、生産年齢人口、15歳以上の数は31,035人、老年人口、65歳以上の数は9,454人でした。これに対して2015年の年少人口は6,623人、生産年齢人口は28,244人、老年人口は12,176人でした。この結果によると、65歳未満の人口が4,000人減り、65歳以上の人口は3,000人増えているということになります。若者が減り、お年寄りの数が増える、日本では少子高齢化が叫ばれて久しく、確かにそれは人口減少の大きな要因であるのは間違いありません。しかし、北斗市の人口減少の原因が、それだけであるとは私には思えません。
   なぜこうも北斗市から人が減っていくのでしょうか。それは、私たちのような学生や若者にとって、北斗市にずっと住みたいと思えるようなものが少ないからだと思います。
   北斗市には、この辺りの景色を一望できるきじひき高原や、桜の名所である松前藩戸切地陣屋跡、八郎沼公園、トラピスト修道院など、素晴らしい観光名所が数多くあります。しかし、私たちが気軽に遊びに行けるかというと、そうではないと思います。北斗市には医療費の助成制度があり、18歳までは医療費がかかりません。子育てをする世帯にとっては大変助かる制度で、私自身も恩恵にあずかっています。しかしながら、高校卒業後もこのまま北斗市に住みたいかと言われると、正直そうは思えません。やはり、今現在北斗市に住んでいる私たちが、北斗市から出たくない、北斗市に住み続けたいと思えるような魅力がさらに必要だと思います。
   2016年3月26日に、北海道新幹線が開通しました。本州からのアクセスも良くなり、観光客の増加が期待されました。しかし、ある新聞記事によると、新幹線を下車してもそのまま函館や札幌へ移動する人が多いようで、開業年度と比べると乗降客数も落ち込んできているそうです。新函館北斗駅周辺では、ホテルやレストランなどの商業施設ができてきてはいますが、いまだに空き地が多いという印象を私も持っています。この土地を活用することによって、観光客だけでなく、地元北斗市の人たちが利用したいと思える場所にしてほしいです。例えば、千歳や北広島にあるアウトレットモールのような大型商業施設を作るのはどうでしょうか。地元にも雇用が生まれ、買い物にも便利になり、観光客も増加すると思います。
   北斗市には良いところがたくさんあります。空気が澄んでいて、生き物が多く、自然が豊かです。私はこの町が大好きです。ですが、このままのペースで人口減少が進むと、2060年にはさらに1万人以上人口が減るという推計が出されています。まだまだ先の話のようにも聞こえますが、今どうにかしなければ北斗市はどんどん衰退していってしまいます。それを防ぐためには、一部の人間だけではなく、北斗市に住んでいる私たちが協力して盛り上げることが必要です。ふるさとである北斗市が、未来に向かってさらに発展していくために、北斗市民として、上磯高校の生徒会執行部の一員として、私自身に何ができるのかしっかり考えながら、毎日の学校生活に臨みたいと思います。
   ご清聴いただき、どうもありがとうございました。

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