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【平成29年度】青少年の主張

北斗市青少年育成大会が平成29年10月14日、総合文化センターかなで~る大ホールで行われました。

大会では、「まちを元気に これから私たちができること ~次の10年に向かって~ 」をテーマに、市内小中学校、高校から選出された10名の青少年が主張しました。北斗市の未来や、これからの北斗市への提言、そして今後の自分の未来、身近な人との心のつながりなどに対する、率直で熱い思いを発表しました。 

  1. 澤田  円 さん(石別小学校6年)『今の石別を未来につなぐ』
  2. 齊藤 彰瑛 くん(谷川小学校6年)『自然豊かなまち、北斗を元気に』
  3. 三浦 陽彩 さん(久根別小学校6年)『魅力を広げ、北海道に輝く北斗市へ』
  4. 三浦  颯 くん(萩野小学校6年)『お米で元気に!』
  5. 花田 鷲斗 くん(市渡小学校6年)『北斗市へ、いらっしゃい!』
  6. 三上 晴夏 さん(茂辺地中学校2年)『まちを元気にするために』
  7. 小林 綾乃 さん(上磯中学校2年)『北斗市の未来』
  8. 佐々木 勇人 くん(大野中学校2年)『魅力ある北斗市のために』
  9. 小川 航平 くん(北斗高等支援学校1年)『北斗で学び、そして働く』
  10. 信田 美紗 さん(上磯高校3年)『陽ざし輝く街』

1. 澤田 円 さん『今の石別を未来へつなぐ』

十年後の石別はどうなっているのでしょうか。私は、このままの石別でいてほしいです。今の石別には、良いところがたくさんあります。
一つ目は、自然がたくさんあるところです。
学校の周りには、栗の木やクワの実など、実のなる木がたくさんあります。下校時にみんなでよく食べます。手が汚れたりするけどみんなで楽しくよごれながら食べています。
花もたくさん咲いています。
夏になると、マリーゴールドを地域のおじいちゃん・おばあちゃんたちと一緒に植えます。畑の周りや学校前の道路沿いに植えるので学校が華やいだ感じになります。
ちょっと元気がないときでも、明るい気持ちにさせてくれます。
また、地元の海で遊ぶことができます。私たちは、夏休み前に海浜清掃をしています。自分たちで綺麗にした海で遊ぶとなんだか嬉しい気持ちになります。それから、地域の方々もついてくれています。私たちのことを知っている方々が見守ってくれているので安心です。みんな、満面の笑顔で楽しく泳いでいます。
二つ目は、学校が楽しいところです。
石別小学校は人数が十三人と少ないですが、みんな家族のように仲良しです。
休み時間には一年生から六年生まで一緒に鬼ごっこをしたりサッカーをしたりしています。とても楽しいです。
先生もいつも一緒に遊んでくださいます。大人なのに子どものように叫んだり、ムキになって遊んでくれます。その時は先生というより友達のような感覚です。いつも休み時間はワクワクする時間です。
隣の学校の茂辺地小学校とは年に二、三回交流して遊んだりもします。初めは緊張したけど、だんだん慣れてきて友達も増えました。交流が終わってさよならするときには、ちょっぴり寂しい気分になります。
それから、学校には地域の人たちと交流できる場所があって、そこで昔の遊びをしたり、絵本の読み聞かせをしていただいたりしています。私たちはいつも楽しみにしています。地域の方々とは、運動会も一緒に行っています。保育園、小学校、中学校、町内会の四者合同で行います。全員でリレーをしたり、茂別音頭を踊ったりしたりします。地域に関するマルバツクイズは大変盛り上がります。
学習発表会も文化祭として四者合同でやります。地域の人たちは、家族のようにいつも私たちを見ていてくれます。
毎年夏には小学校のグランドで花火をやってくれます。冬には、同級生のお父さんが雪山やかまくらを作ってくれます。地域の方々もいつも私たちを笑顔にさせてくれます。
三つ目は、観光スポットがあることです。
遠くからトラピスト修道院に観光に来てくれる人もいました。売店には、クッキーやバターなどを売っています。お土産に買って帰る人もいます。私たちの町には、マスコットキャラクターもいます。ずーしーほっきーです。ずーしーほっきーは、新幹線の開業に向けて作られた、ホッキ貝のゆるキャラです。
以前、石別住民センターに来てくれたときには、嬉しくてキモかわいくてみんな飛び上がって喜んでいました。
わたしは、この素敵な石別に生まれて幸せです。
十年後も地域の人たちが優しく見守ってくれて子ども達が、毎日、元気で、明るく過ごしてくれたらいいと思います。
十年後も、今と同じように安心して幸せに過ごせる石別のままでいてほしいと願っています。
わたしは、十年後がどんなふうになっているのか楽しみです。

2. 齊藤 彰瑛 くん『自然豊かなまち、北斗を元気に』

七月今年も流渓川に谷川小学校全校児童の大きな歓声が戻ってきた!僕たちが毎年、毎年、心から楽しみにしているペットボトルの筏くだりの日がやってきました。流渓川は谷川小学校の横を流れる小さな川です。でも水質はとても良く、ヤマメやイワナ、春にはシラウオが、秋にはサケが登ってきます。その魚をねらって、アオサギやカワセミ、昨年はオジロワシまでいたと聞いています。ここは自然豊かな北斗市の隠れた自然観察スポットです!僕はそんな谷川小学校が、そしてこの町が大好きです。
僕は、この北斗市をもっと、もっと元気にもっと、もっと多くの人にこの町の良さを知ってもらいたいと思っています。
その良さを知ってもらうために、新函館北斗駅と北海道新幹線を使わない手はありません。
ところで皆さんは、小さなおにぎりのような形をした「手まり寿司」を知っていますか?谷川小学校では、土曜授業「わくわくワークショップ」の中で、地域の和食の板前さんを講師に招き、「手まり寿司」の作り方を教わります。食材はもちろん、北斗市産の「ふっくりんこ!」ネタは、我が北斗市のゆるキャラ「ずーしーほっきー」でおなじみの「ホッキ貝」、そして前浜でとれた「ヒラメ!」大葉や木の芽をアクセントにし、茂辺地でとれたサケのイクラやホタテ、「マコガレイ」も忘れてはいけません。新函館北斗駅構内に「立ち食い寿司店」を開き、ワンコインで「お試しセット。」五種類の手まり寿司が楽しめます。おまけに、手まり寿司弁当も新幹線に乗せて本州へ運んでみてはどうでしょう。それに、新函館北斗駅から高速道路を使って函館空港まで運んでみてもおもしろいかもしれません。地産の食材で作った「手まり寿司」がいろいろな所にどんどん、どんどん広がります。北斗市の名前もどんどん、どんどん広がります。
北斗市に人が集まり始めたら、次は北斗市の自然を活かしたアクティビティーです。大野川や茂辺地川を使った「ラフティング」や「カヌー」、地引網体験やサケ釣り体験、捕まえた魚を「北斗フィッシャリー」でいただくのはどうでしょう。
北斗市のロードマップを観光客に配り、自転車の貸し出しで、市内周遊へ。駅前から、巡回バスを走らせて、「きじひき高原」へ。高原では、パノラマ展望台からの絶景を眺めながら、お茶とずーしーほっきーエクレアで一息入れるのもいいですね。そうすればどんどん、どんどん、夢も広がります。
僕は一昨年から北斗学ジュニア検定を受け、受験するたびに北斗市の魅力を感じています。トラピスト修道院、法亀寺の桜と桜街道、戸切地陣屋に八郎沼など、四季を通して様々なことが楽しめる町です。
それに加えて、この町には素晴らしい人もたくさんいます。トマトの苗植えやミサンガづくりを教えてくれる大野農業高校や函館水産高校の先輩たち、理科実験や黒板づくり、料理や楽しい運動を教えてくださる土曜授業や体験活動の講師の先生方が年間八十名以上来てくださり、僕たちの学習を支えてくれます。
このような環境で、いろいろな学びや体験ができることがとても幸せです。そして、ステキな人が集まる、ステキな未来が想像できるこの北斗市が大好きです。
僕の想像は、今はまだ子どもの夢かも知れません。でも大人になってこの夢が実現できるよう、これからの学校生活や日常の生活から、多くのことを学び、自分を成長させていきたいと思います。そして、北斗市を大切にし、大人になってもこのステキな町、北斗市で暮らして生きたいです。
ご清聴ありがとうございました。

3. 三浦 陽彩 さん『魅力を広げ、北海道に輝く北斗市へ』

二〇一六年三月二十六日、私が十歳になった三日後に、北海道新幹線が開業しました。
そして、今、私は更に十年後の北斗市について考えを巡らせています。それはなぜか。北斗市が大・大・大好きだからです。
「まちを元気に」するために、私は二つの側面から考えました。
まず一つ目は、観光地としての北斗市です。
北斗市にはいい所がたくさんあります。海と山がある所。そして、そのお陰で色々なおいしい食べ物がある所。ちなみに私はその中でも、北斗市産のトマトが好きです。
そこで私は、このいい所を大きく目立たせる施設を作ればいいと考えました。たとえば、道の駅や物産館などです。そして、その中でマルメロのジャムを売ったり、レンガの積み木を置いたりし、北斗市の観光地や特産品をアピールすると良いと思いました。
また、多くの人に北斗市の自然に触れてもらうため、農産物収穫体験を行い、直売所なども作って買ったりできれば良いと考えました。
次に人が住む街としての北斗市です。
私は今まで、「観光客が増えれば、まちは元気になるだろう。」と考えていました。しかし、先生から北斗市の人口の変化について聞いた時、その考えが変わりました。人口が減ってきていると知ったからです。やはり、人口が少ないとまちの元気もなくなってしまうのではないでしょうか。なので、北斗市に来たり、情報を聞いたりした人が、「北斗市っていいな。」と思ってくれるまちづくりをすすめる必要があると思いました。
たとえば、家族で楽しめる物や場所を作ることです。
以前私は、家族で自転車に乗って図書館へ行きました。とても楽しかったのですが、きっと楽しかった理由は、「本が好きだから。」ではなく、「家族で行ったから。」だと気づきました。なので、家族みんなで遊んだり、ゆっくりと時間を過ごせたりできる公園のようなものを作れば、「北斗市は家族に優しいまちだ。」と思ってもらえると思いました。
そして、新幹線に乗って北斗市に来た人が、新幹線を降りて、初めてみる駅前に、こうした北斗市の魅力をぎゅっと詰め込めば、「もう一度来たい。」「ここに住んでみたい。」と思ってもらえるのではないでしょうか。
しかし、新幹線が開業してどれだけ便利になっても、どれだけ良い施設ができても、北斗市を知って、北斗市に来てもらわなければ意味がありません。
そのために私は、私たちにもできる事が二つあると考えました。
まず一つ目は、北斗市の名前を広めることです。旅行などで、「どこから来たの。」と聞かれた時に、「函館の隣の…」と言ってしまうことが多いと思います。でも、自信をもって、「北斗市です。」と答え、北斗市の名前をアピールすることが大切だと思います。ちなみに、山梨県にも北杜市があるので、「北海道」のと付け加えるのも良いかもしれません…。
二つ目は、インターネットやSNSを使って、北斗市の良さをたくさん知ってもらうことです。北斗市のホームページに誰でも書き込める場所を作って、私たち北斗市民が北斗市のいいところをたくさん書き込めば、実際に生活している人の生の声を多くの人が聞くことができると思ったのです。
この二点を私たちが実行し、「北斗市に行ってみたい。」「住んでみたい。」と思う人が増えてくれればいいなと思います。
最後に、私たち久根別小学校の高学年は、今年の運動会の組体操で、「北斗市LOVE」をテーマにして練習を重ねました。「シンクロ」という技で実った稲を表現したり、「大聖堂」という技で、トラピスト修道院を表したり。最後は、北斗市の未来に大きな花が咲くようにと、全員で両手を広げて大きな花を作りました。
この組体操の他にも、私たち久根別小学校の六年生は、北斗市を愛する気持ちを積極的にアピールしています。この作文でも私たちの「北斗市LOVE」という気持ちが少しでも伝わればいいなと思います。
それでは最後はやっぱりこの言葉で終わります。せーの、
「アイ・ラブ・ほくと!」
ありがとうございました。

4. 三浦 颯 くん『お米で元気に!』

新幹線が開通して一年半がたちました。駅周辺が整備され、新しいまちづくりが進んでいます。「もっと人の集まるにぎやかなまちになるのかな。」「もっと便利なまちになるのかな。」そんな期待がふくらみます。
「まちを元気に!」このテーマを聞いたとき、ぼくの頭の中にうかんだのは、お米のことでした。きっかけは、道徳の時間の校長先生のお話でした。
もともと、北海道は米作りには向かない土地と言われていました。それを変えたのが、今から三百五十年前に、文月地区に住んでいた高田吉右衛門さん、野田作右衛門さんたちでした。最初の数年間は、まったくだめでした。稲作をあきらめる人、がんばるのはバカみたいだと笑う人がいる中で、「どうしても米を食べたい。」と、その後もずっと稲の栽培にチャレンジし続けました。そのおかげで、ようやく少しずつ米がとれるようになりました。その人たちが育てた「赤毛」という品種は、明治時代のはじめごろ中山久蔵という人によって、札幌近くでも育てられ、全道各地へと広がっていったということです。現在、北海道の米の生産量は、全国第三位です。当たり前のように食べていたお米ですが、こんな苦労があったこと、しかもぼくの住んでいる北斗市が発祥地であることに、おどろきました。
昨年の授業で行った米作り体験のことも思い出しました。初めて体験した田植え。田んぼの中に、はだしで入り、小さなふっくりんこの苗を植えたことや、のこぎりのようなかまを使い、一株ずつ稲を収穫したこと。とても楽しい体験でした。そして、自分たちで収穫したお米を文化鍋で炊いて食べたとき、「ご飯って、こんなにおいしかったんだ。」と、再発見しました。こんな体験ができるのも、北斗市で米作りに挑戦してきた人たち、それを受け継いで、米作りを守ってきた人たちのおかげなんだということを感じました。
もっと、北斗市が米の発祥地であることを広げたい。それには、どうしたらよいのだろう。おいしいふっくりんこを、たくさんの人に食べてもらいたい。おいしい食べ方を考えて教えてあげるとよいかも知れない。「お米の発祥の地」であることを宣伝してはどうかな。そのためには、ぼくたちがもっと調べること、また、もっと北斗市のお米を食べてはどうかな。イベントはどうだろう。ポスターがあるとよいね。キャラクターを作ってはどうだろう。校長先生のお話をきっかけに、クラスみんなで考えたアイディアがふくらみます。
十年後もその先も、きっと、北斗市ではお米が作られているでしょう。それは、米作りが始まってから、守り続けている人、支え続けている人がいるからです。ぼくは、支える立場となりますが、作ってくれている人への感謝の気持ちを忘れず、北斗市のお米を大切にしていきたいと思います。

5. 花田 鷲斗 くん『北斗市へ、いらっしゃい!』

今年の三月二十六日に、北海道新幹線が開業一周年を迎えました。その時その場に居合わせたぼくは、今でも感動したことを覚えています。
ぼくが通っている市渡小学校は、自然に恵まれた学校です。樹齢百年以上になる栗の木があります。その木には、リスや鳥、夏にはミンミンと鳴くセミたちが集まります。他には、とても広いグランドがあります。地域の方とふれあう場として、野球の試合にも使われます。また、冬には裏山にPTAの方々にスキー場をつくっていただき、スキー学習やスノーフェスティバルも行われます。
こんな恵まれた環境の中でぼくは思います。「街を元気に、これからぼくたちができることとはなんだろう」と。
新幹線が開通したことによって、本州方面からの観光客や外国からの観光客をおもてなすことはできないだろうか。そして、ぼくは北海道に住んでいる方々にも目を向けました。北海道は広いので、意外にも北斗市へ足を運ぶことが少ないと感じたからです。
ぼくが考える北斗市の魅力は、自然を大切にする植樹祭、新鮮な野菜、海鮮類です。海鮮類の中で最も有名なのは、ホッキ貝です。ぼくはホッキ貝が大好きで、回転ずしに行ったときにはいつもホッキ貝のすしを食べます。
さらには、北斗市といえば、いろいろとすばらしい名所があり、歴史がとても古い場所でもあります。箱館戦争で使われた場所でいうと、松前戸切地陣屋跡、川すそ神社、人物でいうと、榎本武揚、大島圭介、土方歳三です。あと、先ほど紹介した市渡小学校の栗の木は榎本武揚の部下が植えたとされています。
歴史好きにはたまらない街です。
このように、たくさんの魅力がある北斗市を知ってもらいたいです。
そのためには、観光客の窓口となっている新函館北斗駅の周辺に、街に長くとどまることのできるような商業施設、低コストで泊まることができる宿泊施設、そして、自然と融合したアスレチックパークができたらいいなと思います。
ぼくたちも自然がいっぱいのアスレチックパークができたら、思いっきり体を動かして遊べる場所が増え、うれしいです。駅に隣接した商業施設ができたら、観光客と接点が近くなり、ぼくたちが北斗市をアピールする機会をもうけることができるかもしれません。
実現できれば、「また来たい」というリピーターが増えると思うし、北斗市に住みたいと思う方も出てきてくれるかもしれません。
そうなると人口が増え、ますます街の発展へとつながっていくと思います。
北斗市はすてきな街ですが、これからもっとすてきな街にしていくには、たくさんの人々に北斗市を訪れてもらった時、受け入れられるように、新しいことへの挑戦が必要だと思います。
これからぼくたちができることは、街の人たちと一丸となって、北斗市の魅力をアピールすることです。そして協力し合って、それぞれの立場で、訪れた方々をあたたかく迎えることができるよう、日々努力することだと思っています。
まずは、「あいさつ」から…。

6. 三上 晴夏 さん『まちを元気にするために』

北海道新幹線開業からおよそ一年半が経ちました。せっかく新幹線の駅が北斗市にあるのですから、より多くの人に北斗市を訪れてもらい、もっともっと活気のあるまちになってほしいと私は思います。そのために私たちに何ができるのか、私なりに考えてみました。
新幹線が開業して以来、「北斗」の知名度は上がったものの、まだまだどんなところか知らない人が多いと思います。そこでまず、北斗市を観光してもらうために、私たち中学生でも取り組める形でのPR活動について考えてみました。
私たち茂辺地中学校では、二年前から旅行的行事のたびに北斗市や茂辺地をPRする活動をしています。二年前の三年生は、札幌での修学旅行の際にオーストラリア領事館を訪問し、英語で北斗市について説明したり、札幌市内自主研修では道行く外国人の方に英語で話しかけ、自分たちで作成した英語版の北斗市PRパンフレットを配ったりするという課題を設定し、成功しました。翌年三月には、新幹線開業日の記念事業の一環として、日本語版と英語版の両方で北斗市をPRする手作り新聞「茂辺地タイムズ」を全校生徒で作成し、北斗駅に降り立った多くの観光客の方に直接手渡すことができました。それを受けて昨年の三年生は、東北地方の修学旅行で訪れた先々で、その「茂辺地タイムズ」に茂辺地の銘菓を添えた袋を手渡しながら、北斗市の魅力をPRしてきました。
そして今年、私たち二年生も、函館市での宿泊研修に向けて、新たに自分たちで英語版と日本語版の手作りパンフレットを作成し、外国人の方に話しかけながら手渡すという課題に挑戦しました。私はイスラエルとカナダの方に話しかけ、クラス全体では十二カ国もの外国人の方に北斗市をPRすることができました。ただ、函館を観光している外国人の方の中で、隣町である北斗市を知っている人はいませんでした。やはりもっともっと北斗市をPRする活動が必要だなと感じました。パンフレットを作成しなくても、修学旅行や宿泊研修の訪問先で何かの形でPRをすることは可能です。これが、街を元気にするために私たち小中高校生にもできることだと私は考えます。
次に、観光してもらう場所も重要です。
北斗市には多くの人が訪れる有名な観光名所がたくさんありますが、私の住む茂辺地地区にも新たな名所ができました。その名は「茂辺地北斗星広場」です。運行を終了したJR寝台特急「北斗星」の、北斗市への車両誘致を目指した「星に願いをプロジェクト」の皆さんの呼びかけに多くの方々が賛同し、みごと誘致に成功、昨年秋から旧茂辺地中学校グランドで一般公開されています。そこに「茂辺地地区創生会議」の皆さん方が中心となって、さらに活気ある広場にしようと整備を進め、今年の六月二十五日、「茂辺地北斗星広場」がグランドオープンしたのです。隣に飲食店の「北斗軒」もオープンし、広場にはきれいな花も植えられました。テレビや新聞でも取り上げられ、週末にはたくさんの人で賑わっています。
しかし、今のままでは、訪れる人や滞在できる時間に限りがあります。「北斗星」を見たくて訪れる鉄道ファンだけでなく、子どもから大人まで幅広い年齢の人が長い時間楽しめるような場所になっていって欲しいと思います。例えば、地元でとれた新鮮な野菜や海の幸の即売所など買い物を楽しめるスペースや、茂辺地の良質な土を利用しての陶芸体験、豊富な木材を使って簡単な木工品作りが体験できるコーナーや、アスレチック広場などがあれば、親子で時間をかけてゆっくり楽しむことができると思います。他にも茂辺地には「矢不来天満宮」や「盤の沢」など、知る人ぞ知る人気スポットがあります。そこまで足を伸ばしてもらえるようになれば、「北斗星広場」を目当てに北斗市を訪れる人が増えていくと思います。
さて、まちの未来を考えるとき、建物や施設を充実させることばかりに目が行きがちですが、それだけでは意味がないと思います。肝心なのは、一度訪れてくれた人に「また来たい」と思ってもらうことだと私は思います。一度きりではなく何度も来たいと思える街、そして満足して帰った人が周りの人に魅力を広めてくれ、また新しい人が北斗市を訪れる。そんなふうになることが理想です。では、そのためには何が必要なのでしょう?私たち市民のおもてなしの心ではないでしょうか。気持ちの良いあいさつ、親切で真心のある対応、さりげない心配り。行く先々でこうしたもてなしを受けたとしたら、きっと「また来たい」と思ってもらえると思うのです。北斗市民みんながそんな思いを共有できたら、北斗市は元気なまちになれると思います。

7. 小林 綾乃 さん『北斗市の未来』

みなさんは北斗市の歌を知っていますか。北斗市の歌の歌詞には北斗市の良い所がたくさん書いてあります。北斗市はこんなに良い所があるのになぜ北斗市は元気にならないのでしょうか。
元気にならない理由は住んでいる人が北斗市の良い所を知らないからだと思います。
そこで私は「まち」を元気にする提案をしたいと思います。それは、町のいたる所に北斗市の良いところが書いてあるポスターをはったり、北斗市で年に一度、楽しい自然についてのイベントを行うことです。
提案理由は住んでいる人の大半は北斗市の自然についてよく知らないからです。また、みんなが楽しいと思うと、自然に笑顔になり町も元気になると思うからです。
私は八月に宿泊研修に行きました。行き先は函館市です。函館はとてもにぎやかでとても元気な町です。
宿泊研修で函館市を訪ねる意義は、北斗市と函館市を比べ、二つの市は何が違うのか、住んでいる人々はどう違うのかなど今の北斗市に無いことを見つけ、よりよい北斗市の未来のために考える必要があるからなのではないかと思います。
宿泊研修二日目に、自主研修で町の人と関わったり、函館の歴史を知ることができました。この機会を利用して良いところを参考にすれば、いずれ北斗市の未来につながっていくのではないかと思います。
自分の進路を見つめる時、住んでいるこの北斗市には私が将来なりたい警察官になるために学ぶ学校がありません。北斗市内の高校に進学する人は少なく、ほとんどの人が函館の高校へ進学するのではないかと思います。函館の高校へ通学するには時間とお金がかかります。そのことから、北斗市にも専門的なことを学べる学校があっても良いのではないかと思います。
十年後の私はどうなっているのか想像もつきません。でも、しっかり勉強をして、高校へ進学し、大学まで進学すれば、今夢としてもっている警察官になれると思います。しかし、十年の間に夢が変わっているかもしれません。
十年後の私は二十三歳。もう立派な大人です。子供ではありません。たくさんの責任があります。今よりたくさんの経験を積み、今まで以上につらいことや楽しいこと、悔しいことを経験し、今より大人に成長していると思います。
十年後の故郷は、今よりも技術が発達し、もっと北斗市が有名になっていると良いなと思います。北斗市に新幹線が開業しましたが、多くの人が訪れている訳ではありません。十年後の北斗市には今よりも皆が気楽に立ちよれる場所や観光名所が増えていると思います。そのような場所を増やすには十年後の大人になった私達にもできることがあるかもしれません。北斗市に住んでいて良かったと思えるような故郷になっているといいなあと思います。
この国の未来は今の国とは違い、全てデジタル化するのではないかと思います。今でも、ロボットが開発されて、いずれはロボットが仕事をする日が来ると思います。これからの未来にはたくさんの新しい物や事が増えていくと思います。一方、昔の技術や物事が失われていかないように受け継いでいくのも大切なことだと思います。

8. 佐々木 勇人 くん『魅力ある北斗市のために』

皆さんは、今の北斗市の現状をどのように感じているでしょうか。正直、僕自身も自分の住む町について深く考えたり、町の良さについて感じたりしたことはありませんでした。しかし、その自分が北斗市の未来について考えるきっかけとなったのは、昨年三月に開通した北海道新幹線です。
北斗市に新函館北斗駅が建てられ、新幹線が開通したことで、本州へ出かける時にはとても便利になりました。また、日常的に函館駅に出かける人にとっても、アクセスが便利になり、喜んでいる方も周囲にいます。
しかし、その一方で新函館北斗駅に来る観光客は予想を下回っているという残念な声もあるようです。
新幹線開業当時に比べて、駅周辺にはだいぶ施設が増えてきました。レンタカー、ホテル、カフェ、レストラン……等々。でも、それらはどこにでもある普通の施設であり、この町だけにある特別なものではありません。他の地域から来た人や、外国人などがガイドブックを片手に訪ねてくるまでのものにはなっていません。
よく、ショッピングモールや大型スーパー、大型家電量販店などを建てるとたくさんの人を集めることができるという意見がありますが、果たしてそうでしょうか。それも一つの方法ではあります。大型店が進出すると、たくさんの人々が集まりにぎやかで活気が出てきますが、一方で騒音問題や、ごみのポイ捨て問題、若者の非行など、町全体の秩序が乱れるという心配があるのではないでしょうか。
そのためには、もっと何年も何十年にもわたって、多くの人たちに来てもらえる観光スポットをアピールできることが大事ではないでしょうか。
北斗市の名所といえば、有名なトラピスト修道院、歴史ある戸切地陣屋跡、美しい法亀寺のしだれ桜などです。僕たちには見慣れたものですが、見方を変えれば魅力的な観光スポットだと思います。これらの場所を訪ねればきっと感動するはずです。
現在、市のホームページや観光協会で紹介記事が載っています。それを利用し、知名度の上がってきたずーしーほっきーを前面に出して、「ずーしーほっきーの家」のようなものをアピールし、子どもたちにどんどん来てもらうとか、ずーしーほっきーの家を起点にしてスタンプラリーを行い、ずーしーほっきーのグッズがもらえる企画を立てるなどはどうでしょうか。また、いつもずーしーほっきーが駅付近にいて、観光客を喜ばせることはできないでしょうか。他の観光地のように「ご当地グルメ」を開発し北斗市の全ての店で「北寄カレー」や「北寄の炊き込みご飯」が食べられるなどの企画もいいかもしれません。ほんのささいなことではありますが、長い目で見たらこのような取組を始めることが必要だと思います。
また、町が有名になるきっかけとして、有名なスポーツ選手がいるかどうかもあります。北斗市には、アルペンスキー選手の佐々木明さん、バトミントン選手の佐々木翔さんがいます。よく「北斗市出身の」と紹介されるので、全国や世界でたくさんの人が活躍する機会があれば、北斗市が全国的に有名になると思います。
僕は以前から水泳に親しんでいます。隣の市まで練習に通っていますが、もし、市内にコーチを含め練習できる環境が整っていれば、十年、二十年後に、「スポーツの町北斗」などと全国に認められることにつながるかもしれません。十年後、僕は二十四歳になります。僕も北斗市出身「第三の佐々木」を目指して勉強と水泳の両立を目指して頑張ります。そして、そのとき北斗市が、僕たちにとって暮らしやすく、魅力ある町であってほしいと願っています。また、そのために中学生である僕たちも無関係でいるのではなく、この町を愛し、この町の良さを語れる市民を目指していきたいと思います。

9. 小川 航平 くん『北斗で学び、そして働く』

 私は、二月の最初に北斗高等支援学校を受験し、合格することができました。私が北斗高等支援学校を志望した理由は、道南地域での全員の一般就労を目指しているということを教育相談の時に聞いたからです。私も卒業後の就職を目指そうと考え本校への入学を希望しました。
四月に入学をして以来、勉強では、働いていくために必要な力を身につける学習が多くあり、清掃を中心とした実習にも多く取り組んできました。将来この北斗市で就職し働いていくための力をつけるため、毎日頑張って学校生活を送っています。
学校では国語や数学などの勉強だけではなく、「職業」や「流通サービス」という働くために必要な力を学ぶ授業もあります。「職業」の授業では、職場でのマナーや働くための心構えなどについて学習しています。具体的には、正しいあいさつの仕方や、職場での過ごし方、通勤時や退勤時に関わる学習があります。
進路の学習では、「働くことの意味・理由」「学校と会社の違い」「一般就労と福祉的就労の違い」などの学習をしています。
これらの学習を通して職場の人と元気に明るく接していくことの必要性や相手とのコミュニケーションを取れるようにしていくことの大切さを強く感じました。
週に二回ある「流通サービス」の授業では清掃を中心にした実習に取り組んできました。
内容は、自在ぼうきやダスタークロスやモップを使った床清掃や、ウインドウスクイージーという道具を使った窓清掃の他、掃除機や床を磨くポリッシャーという機材を使った実習です。入学以来、清掃の基本を繰り返し練習し、実際の現場でも生かすことができるように清掃の基礎技術をみがき上げ、実習に取り組んできました。
六月からは、校外での実習が始まりました。
場所は、「保健センター」や「かなで~る」や「ふじの学園」で、今までの掃除の基礎技術を使って校外でも校内学習での力を発揮して取り組んでいます。
私は校外実習では、職場の人やそこに来られる人たちに元気にあいさつすることを大切にして取り組んでいます。また、実習後の午後や翌日に疲れを感じることがあっても、顔に出したりせずに一日を乗り越えることも大切にしながら生活しています。
夏休み明けの八月には、一週間JAの「北斗市トマト共同選別所」に行ってトマトの選別や運搬などの作業をしてきました。一週間を通して、トマトの箱詰めや運搬などの仕事をさせていただきました。箱詰め作業では、トマトがたくさん来ると焦ることもあり、集中して取り組むことができなかったので、焦らずていねいに取り組むことの大切さを感じました。後半からは焦ることなく落ち着いて作業に取り組むことができました。
僕は、将来一般就労をするために様々な実習や学習を通して、人と接するときの態度や仕事をしていくための技能などを学ぶことを目標にして四月に入学しました。入学後の学校生活の中で課題が見えてきました。それは自分から積極的に元気にあいさつすることです。そのことを意識し、九月からは前よりも大きな声であいさつができるようになりました。今の自分に満足せずに高校卒業までに自分で納得できるよう完璧にしていきたいと思います。そして、できれば卒業後この北斗市で就職することができるようにこれからもがんばっていきたいです。

10. 信田 美紗 さん『陽ざし輝く街』

みなさん。みなさんは、北斗七星を見上げたことがありますか。北の空に浮かぶおおぐま座、クマの背から尾をつくる七つの星です。北極星の周りを巡って、沈むことなく、いつでも見ることができます。北の空に一年中輝きを見せる星、北斗七星を校章に取り入れた北斗高等支援学校が、私たち上磯高等学校と校舎を共にして開校しました。
新しい仲間を迎えるために、校舎の改築が始まったのは去年の夏です。少しずつ変わっていく校舎。寂しい気持ちもありました。二つの学校が同じ校舎を使うことで、不便になるのではないか。常に気をつかう必要はないだろうか。何よりも本当に、お互いのことがわかり合えるのだろうかという、不安や戸惑いもありました。
でも、新しい仲間と出会い、これまでとは違った学校生活が送れるという、楽しみや期待の方が大きくなっていきました。それは、これまでにも、出会いの大切さを実感していたからです。
私たちは、様々な出会いによって成長します。生まれて間もなく、両親や兄弟姉妹、家族と出会います。夢や希望を与えてくれるたくさんの本。感動して涙を流した映画やドラマ。苦しくて辛いときに、気持ちを落ち着かせてくれる音楽。くじけそうな時に勇気をくれる言葉。そして、心の支えとなってくれる友人たち。それぞれの出会いは、人生にとって欠かすことのできないものです。北斗高等支援学校との出会いも、必ず、すばらしい出会いになるはずだという期待の気持ちで、新しく生まれ変わっていく校舎を見つめていました。
今年の春、上磯高等学校と北斗高等支援学校の共同生活が始まりました。その出会いは、想像していたとおりのすばらしいものでした。両校は、それぞれの校訓に「協和」という、同じ言葉を掲げています。最初は、お互いに協力して仲良くすること、そう漠然と感じていました。協和という言葉が持つ力を実感できるようになったのは、学校行事に一緒に取り組むようになってからです。
対面式では、生徒会組織や一年間の学校生活についての説明を熱心に聞いてもらえました。部活動紹介では、お互いに笑顔で、楽しい時間を過ごすことができました。特に印象に残っているのは、礼儀正しく、しっかりと挨拶をする姿です。対面式での交流は、私たちにとてもいい刺激を与えてくれました。お互いに協力して、いろいろなことに取り組んでいけるという気持ちを強くすることができました。
その思いが実現したのが、学校祭です。一つの目標に向かって、一つになって頑張りました。生徒会主催の企画内容を一生懸命考えました。また、ステージ発表の時は、司会進行、音響機材、スポットライトなど、仕事を分担して取り組みました。人にはそれぞれ、得意なことと、不得意なことがあります。それぞれの苦手なところをみんなで補い合うことにより、学校祭を盛り上げることができたのです。様々な特徴を持った人がいて、みんなそれぞれに違いがあるからこそ、よりよい学校祭となりました。
学校祭の準備段階から、北斗高等支援学校の生徒会役員は、率先して協力してくれました。また、私たちと仲良くしたい。親交を深めたいと努力しているように感じました。何よりも素敵だと感じたのは、とても積極的で、どのようなことにも真剣に取り組む姿です。一緒に活動しながら、「もっともっと相手のことを知りたい。」「私たちのことを知ってほしい。」「もっともっと親しくなりたい。」そのような思いを強くしました。そして、「ああ、これが協和ということなのか。」、そう感じました。
協和という言葉と出会い、私はまた少し成長できました。そして、生きていく上で大切な心のよりどころ、支えを得ることができました。私の心に芽生えた協和。それは、私の心にさし込んだ、やさしく暖かな陽ざしのようです。そのぬくもりを大切に育て、いつの日か、周りの人々に届けたい。みんなの心に、静かに、そっと、少しずつ光がさし込み、形となって現れてほしい。その小さな一つ一つが、やがて結びつき、光り輝く陽ざしとして、みんなに降りそそぐ。
木もれ日のような陽ざしに包まれた街。
みんなが、協和の心で支え合う街。
それが今、私が望んでいる北斗市の姿です。そのような街で、いつまでも暮らしていきたいと願っています。

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